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訃報 


本日、11月5日 古川宗寿は永眠いたしました。

最初は週1回ぐらいの更新をと考えていましたが、このブログを通して、皆さまと交流ができることを楽しみに毎日書き綴っていたように思います。

長らくご愛読いただき、ありがとうございました。

コメント

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

古川宗寿様のご逝去をご葬儀終了後に知りました。お参りに伺えず申し訳ありません。69歳での早すぎるご逝去、残念でなりません。
私より3年上で東レに入社された頃から存じ上げていました。昭和42年 私が大學2年で二軍エイトに乗っているとき、3番に古川さんの乗られた東レフォアと度々並べました。20本15セットのインターバル練習中、待ち構えていた東レフォアが蹴りをあわせてくるんです。結構強かったエイトでしたが、整調安達さん、2番松本さん、B近藤さんの日本ナンバー1クルーはさらに速く、20本の間に水をあけられました。
4年前 メキシコ五輪で使用したエイトを日本に持ち帰る際、桑野造船社長の古川様には、昔のよしみで大変お世話になりました。コンテナに入れるのに何処で切ったらいいか、を図面で指示いただき、それをメキシコの日通に送り1ヶ月かけてで船便で運び、堅田の桑野造船所へ搬入しました。そのとき「こんなきれいな木造エイトは今日本にはもうあらへん。ウチの社員にもしっかりみせとくわ」と言って下さり、それから3日間で修復完了。社長自らトレーラーを運転し展示会場の百貨店まで運んでいただきました。
今年の初漕ぎでお会いしたのが最後となりました。
古川様 本当に長い間お世話になりました。ゆっくりと天上から琵琶湖、瀬田川で漕ぐボートマンを見守ってやってください。

御礼申し上げます。

私は故人古川宗壽の長男宗幸でございます。
ご多用にもかかわらず、多くのご会葬、
ご焼香頂き誠にありがとうございました。
瀬田RC設立時、当時小学生であった私は艇庫作りを手伝いつつ、父が漕艇場に漕ぎ出す姿を眺めておりました。
それから数十年経ち、父の葬儀に際し多くのボート仲間がお集まり頂き、父の人の輪、やってきた事の大きさに改めて気付きました。
しかしながら私には、どんな肩書が付こうが、湖上に浮いている大人げの無いボート好きのおっさんです。
皆様にお願いですが、父の弔いをして頂けるのならば、父の代わりに湖上に出て一漕ぎしてやって下さい。
“気合い入れて漕がんかい!”と
笑いながら眺めていると思います。
ブログのコメント欄で失礼でありますが、生前の皆様のご厚誼に御礼申し上げると共に、ボートの更なる発展をお祈りいたします。

お疲れさまでした

突然の訃報に唯々驚いています。
ボートにご尽力いただきありがとうございました。
ご冥福をお祈り致します。

ありがとうございました

シニアでもボートを漕ぐ勇気をもらいました。
今年の6月に自艇を買った時、うちの代表に付いてお宅に招待してもらい、ケーキ等をごちそうになりました。
その時は、もうかなり病気も進んでおられたのに、お元気そうで、熱くボートのこと、瀬田ローの将来のことを語られました。
もう一度お会いしてお礼を言いたかったけど叶いませんでした。
やすらかに・・・。

ご冥福をお祈りいたします

岡山県ボート協会の福島です。
ブログを楽しみにしていました。
いつも前向きな古川さんに元気を頂いていました。
ご冥福をお祈りいたします。

合掌

安らかにお休み下さい。でも、これからも雲の上からメガホン片手にご叱咤願います

いつもブログを読ませていただいていました
ご冥福をお祈りしています。

ありがとうございました。

寂しく、悲しく、言葉になりません。
損得勘定抜きにボートの未来を論じられる、数少ない方でした。
今はただ、感謝の気持ちをささげたいと思います。

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